高橋研究室

研究内容

当研究室で行っている研究の紹介

研究背景

近年、分子線エピタキシー法(MBE)・有機金属気相堆積法(MOCVD)などの結晶薄膜成長技術やリソグラフィー・エッチングなどの微細加工技術の進展により、量子井戸(Quantum Well)・量子細線(Quantum Wire)・量子箱(Quantum Dot)のような低次元半導体ナノ構造が比較的容易に形成できるようになり、これらの構造の物性の解明やデバイス応用に向けての基礎研究・開発が盛んに行われています。

これらの半導体量子ナノ構造のような極めて微細な構造の評価のために近年、ナノスケール、さらには原子スケールの分解能を有する走査プローブ顕微鏡(SPM)が盛んに用いられるようになってきました。SPMとは1982年にG.BinningとH.Rohrerによって開発された走査トンネル顕微鏡から派生したものの総称で、プローブの先端と試料との間に働く様々な局所的物理量を検出する顕微鏡です。局所的な物理量として、トンネル電流を検出するものを走査トンネル顕微鏡(STM, Scanning Tunnneling Microscope)、原子間力を検出するものを原子間力顕微鏡(AFM, Atomic Force Microscope)と呼びます。STMの開発をきっかけとしてその後様々な走査プローブ顕微鏡(SPM)群が考案され、表面物性評価技術の分野は劇的に進歩しました。因みに、1986年、BinnigとRohrerはこれらの功績によりノーベル物理学賞を受賞しています。

さて、最も基本的なSTMやAFMなどの測定においては試料最表面の凹凸構造が観察対象ですが、通常の半導体デバイスでは動作領域は試料内部に埋め込まれていることが普通です。また、デバイスの微細化が急速に進む現在、バルクにおける特性とは異なる表面近傍の電子物性を調べることはますます重要となってきています。

 

このような背景から、本研究室では、”表面”だけでなく”表面より内部の物性”を評価することを念頭において、各種SPM装置に工夫を加えて表面近傍の電気的特性・光学的特性・磁気的特性などの評価技術を開発することを目指しています。そして、このようなSPMによる特性評価を通じて新しい極微細デバイスの開発の道を探っています。

 現在、本研究室には、大気中、真空中、極低温・強磁場中など様々な環境下で測定をおこなうことができる各種SPM装置があります。

量子ナノ構造の物性解明

量子ドット、量子細線といったナノ構造材料の導入により半導体デバイスの性能が向上することが期待されています。そこで我々は、ナノスケールの高い空間分解能を有する様々な評価手法を確立するとともに、それらを用いて量子ナノ構造自身の持つ諸特性を明らかにすることを目指しています。

~STM/AFMを用いた光吸収特性の解析~

 STM、及び、導電性カンチレバーを用いたAFMを光照射下で動作させることにより、n-GaAs微傾斜基板上に成長したInAs細線(線幅:50 nm)からの光誘起電流(PIC)信号を検出し、細線固有の光吸収特性を観測することを目指しています。我々が提案した二波長光照射STMでは、内蔵電界を起源とするPIC信号を抑制することで、フォトキャリアが直接STM電流の変化に寄与する成分のみをPIC信号として検出することが可能です。同手法の導入により、InAs細線領域にて強調されたPIC信号の観測に成功しています。また、PIC信号のフォトンエネルギ依存性などからInAs細線の吸収特性の解明に取り組んでいます。

1-1) K. Takada, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 41, 4990 (2002).
1-2) H. Masuda, et al., Ultramicroscopy, 105, 137 (2005).
1-3) S. Katsui, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 48, 08JB03 (2009).
1-4) S. Katsui, et al., Jpn. J. Appl. Phys. (to be published).

図1:GaAs基板上に成長したInAs細線の(a)表面形状像と(b)二波長光照射STMにより得られた光誘起電流(PIC)信号像(変調光と連続光のフォトンエネルギ:1.30, 2.33 eV)。従来の光照射STMで生じていた内蔵電界の影響が抑制され、InAs細線領域でのPIC信号が強調されている。

~導電性探針AFMによる静電引力および表面電位計測~

 AFMでは、導電性探針と試料の間にバイアス電圧を印加した際のカンチレバーの変位から、両者間に働く静電引力を計測することが可能です。この静電引力の直流バイアス依存性を詳細に計測することで、InAs量子ドット構造における帯電効果の検出を目指しています。

 一方、同様の導電性探針AFMにおいて、静電引力が零となる直流バイアス条件を求めることで、試料の表面形状像とポテンシャル像を同時に得ることができます。このようなモードは、ケルビンプローブフォース顕微鏡(KFM)と呼ばれています。このようなポテンシャル像からは、試料表面のフェルミ準位の相対値を議論できるため、デバイスの表面物性の評価に有用です。これまでに、KFMによるポテンシャル測定の精度や確度、空間分解能を向上させる目的で、静電引力のサンプリング検出法や間欠バイアス法などを提案するとともに、その実証実験を行っています。実際、InAs量子ドットを試料として間欠バイアス法を導入したKFMでのポテンシャル測定を行った結果、誤差信号が非常に小さくなるとともに、ポテンシャル像のコントラストが明瞭となり、従来手法と比べて空間分解能が大きく向上していることがわかりました。さらに、フィードバックを用いずにポテンシャルを決定できる新たなアルゴリズムを提案するなど、計測手法としてのKFMの性能向上をめざしています。

1-5) S. Ono, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 43, 4639 (2004).
1-6) T. Takahashi, et al., Ultramicroscopy, 100, 287 (2004).
1-7) S. Ono, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 42, 4869 (2003).
1-8) S. Ono, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 45, 1931 (2006).
1-9) T. Takahashi, et al., Ultramicroscopy, 109, 963 (2009).

図2:間欠バイアス法を導入したKFMにて観測したGaAs上InAs量子ドットの(a)表面形状像、(b)ポテンシャル像、および(c)誤差信号像。小さな誤差にて、明瞭なポテンシャル分布が観測されている。

微細電流路群の個別電流路評価

カーボンナノチューブ(CNT)などで構成される微細な電流回路系において個々の経路を流れる電流の定量的評価を行うことを目的として、高空間分解能磁場センサである磁気力顕微鏡(MFM)を用いた電流誘起磁場計測手法の開発を行っています。

~MFMを用いたCNT-FET内個別チャネルの特性評価~

 我々は、MFMの持つAFMとしての機能により試料形状像を得る一方で、磁性探針が磁場勾配中で力を受けることで生じるカンチレバーのねじれを磁気力信号として検出し、電流評価に利用しています。磁気力測定において擾乱となる静電引力を、KFMで利用されているポテンシャルフィードバックシステムを応用して抑制し、磁気力信号の正確な検出を実現しています。また、測定感度を向上させるために、ねじれ変位を生じやすいカンチレバー形状をシミュレーションを通じて設計し、そのようなカンチレバーをFIB加工によって作製しています。その上で実際に、CNTをチャネルとする電界効果トランジスタ(FET)での電流-電圧特性の計測に同手法を適用し、単一のFET中に存在する個々のCNTチャネルにおいて、その周囲の電流誘起磁場信号を検出し、閾値ゲート電圧や相互コンダクタンスに差違が生じていることを明らかにしました。さらに、ネットワーク状のCNTチャネルの中から顕著な磁気力信号が観測されるCNT群を探すことで、実際に電流の流れている経路を判別することを試みています。

2-1) D. Saida, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 44, 8625 (2005).
2-2) D. Saida, et al., IEEE Trans. Magn., 44, 1779 (2008).
2-3) M. Ato, et al., J. Appl. Phys., 106, 114315 (2009).

図3:(a) FIB加工した電流誘起磁場検出用MFMカンチレバー、(b)CNTチャネルの表面形状像、(c)CNTチャネル周囲の電流誘起磁場信号像、(d) CNTチャネルの個別動作解析。

太陽電池材料の多角的評価

グリーン電力の一つとして注目を浴びている太陽電池について、材料物性に関する理解を深めることによってさらなる高効率化へのアプローチに寄与することを目指し、SPM技術を用いた太陽電池材料の局所的物性の多角的評価を行っています。

~光照射KFMによる表面光起電力計測~

 カンチレバーの変位検出にレーザを用いないピエゾ抵抗カンチレバーを用いたKFM(1節参照)によって、光照射下での表面電位計測および光起電力計測を実現し、多結晶Si太陽電池やCu(InGa)Se2系薄膜太陽電池の多角的評価を行っています。多結晶Si太陽電池の評価では、結晶粒界近傍で光起電力の低下を捉えることに成功しました。また、KFMによる光起電力測定を応用することにより、少数キャリアの拡散長、ライフタイムそして移動度の測定が可能であることを示しました。実際、多結晶Si太陽電池の結晶粒界近傍では少数キャリアの拡散長とライフタイムが劣化することや、結晶粒毎に移動度が異なることが実験的に観測されています。一方、Cu(InGa)Se2系薄膜太陽電池では、Si系とは対照的に結晶粒界が不活性であることを示唆するデータなど、興味深い結果が得られています。

3-1) T. Igarashi, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 45, 2128 (2006).
3-2) M. Takihara, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 46, 5548 (2007).
3-3) M. Takihara, et al., Appl. Phys. Lett., 93, 021902 (2008).
3-4) M. Takihara, et al., Appl. Phys. Lett., 95, 191908 (2009).

図4:ピエゾ抵抗カンチレバーを使用したAFMで得られた多結晶Si 太陽電池の(a)表面形状像、(b) 表面電位像(非照射時)と(c) 890 nmのレーザを照射したときの光起電力像。

~局所的光熱分光測定による非発光再結合特性の評価~

 光吸収により試料表面近傍に生じる熱膨張を、我々が開発した二重サンプリング法を適用したAFMによって精密に測定し、試料の光吸収・非発光プロセスなどの評価を行う手法を提案しています。本手法を多結晶Si材料に適用することにより、結晶粒界近傍において非発光再結合確率が高まることや、結晶粒ごとに非発光再結合確率が異なるといった結果を実験的に観測しています。これらの特徴は、光照射KFMにより得られた結果とよい一致を示しています。

3-5) K. Hara, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 48, 08JB22 (2009).
3-6) K. Hara, et al., Proc. of IEEE PVSC35, 001387 (2010).

新しいSPM手法の開発

SPMは物質表面の形状をナノメートルオーダで簡単に計測できる便利なツールですが、さらなる利便性の向上のために、入出力信号の処理に工夫を加えるなど様々な新規手法の開発を行っています。

~AFM画像獲得の高速化~

 SPMの課題の一つであるスループットを向上させる方法として、新しい高速画像獲得手法を提案・実証しています。サンプル・ホールド回路を利用して、周期的接触モードAFMにて探針が試料表面に接触した瞬間のカンチレバー変位量を直接取り込むことで、逐次フィードバックを要せずに凹凸形状を画像化することが可能となりました。その結果、通常モードと比べて約30倍の高速での走査が可能となりました。

4-1) T. Takahashi, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 43, L582 (2004).
4-2) T. Takahashi, et al., Ultramicroscopy, 105, 42 (2005).

図5:高速AFMで得られたInAs量子ドットの形状像。走査レートは32Hz/line(通常の30倍程度の高速)である。スキャンエリア:(a) 500 nm角、(b) 2 μm角。

動画:通常モード(左)高速モード(右)による画像取得速度の比較

~局所的光熱分光測定による非発光再結合特性の評価~

 光吸収により試料表面近傍に生じる熱膨張を、我々が開発した二重サンプリング法を適用したAFMによって精密に測定し、試料の光吸収・非発光プロセスなどの評価を行う手法を提案しています。本手法を多結晶Si材料に適用することにより、結晶粒界近傍において非発光再結合確率が高まることや、結晶粒ごとに非発光再結合確率が異なるといった結果を実験的に観測しています。これらの特徴は、光照射KFMにより得られた結果とよい一致を示しています。

3-5) K. Hara, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 48, 08JB22 (2009).
3-6) K. Hara, et al., Proc. of IEEE PVSC35, 001387 (2010).

~二重バイアス変調STS~

 走査トンネル分光法(STS)は、STMで表面形状像の観察と同時に電子の状態密度の面内分布を得る手法であり、表面物性評価に有用です。これまでに極低温・強磁場中など様々な条件下でのSTM/STS測定を試みてきました。例えば、探針-試料間距離の揺らぎの影響を取り除き、かつ任意のバイアス電圧での微分コンダクタンス測定を可能にするために、二重バイアス変調法を新たに提案し検証実験を行っています。この手法では、探針-試料間距離をフィードバック制御しつつ、低バイアス領域でも微小交流バイアスによるSTS測定を行うことができます。GaAs基板上InAsドットの微分コンダクタンスを測定した結果、バンドギャップに相当するコンダクタンスギャップや、いくつかのサブピーク信号の観測に成功しました。

4-3) M. Muranaka, et al., Jpn. J. Appl. Phys., 43, 4612 (2004).